2008年6月 のアーカイブ
2008-06-16
体温39度超え
ナチュラルハイである。
9度をを超えたのはおたふく以来か?しかしなぜこの気候の良い時期に・・・・・・
鼻水も咳きも下痢も無い。なんか新しい病気か天誅かもしんない。
実は先週空手の練習中ローキックを食らった右太ももが痛かった。それがずいぶん良くなっていたのだが昨日からいきなり痛みがぶり返し始めたのだった。いや正確にはちょこっと違う。ちょっと違う痛み。関節に痛みが移った感じ。で昨日から再び冷やしていたんだけど、どうゆうわけか足を冷やすより頭を冷やした方がスッとする。おかしいな、と思って熱を測ったら見る見る体温計の数値が上がっていったので驚いてしまった。鏡で顔見たら呑んでないのに超マッカチン。
熱は9度を超えるとハイになれると良く言うが、まさに今がそんげ感じだ。きっと今ビール飲んだら、北島選手が世界新を出したときみたいに(多分ちがう)すんげ気持ちいいんだろうなぁと思う。ちょっと買ってこようか迷っている。
と思ったら冷蔵庫に一缶あったので、今呑んじゃった。うふふ。アルコール消毒だ。濃度が低すぎるか。でも案外気持ちいいぞ。いい年して何やってんだ俺。(43)以下実況
あ、でもなんか頭痛くなってきたぞ。こめかみが痛い。偏頭痛というやつだねこれは。
水分が不足していたからすごい気持ちよいぞ。良い子は絶対まねするなよ。
あぁ酔ってきた。こんげちょびっとで酔うなんて熱のせいに違いないんだ。
目が朦朧としてきました。
偏頭痛は消えた。
鼻が詰まってきた。
タバコがうまい。うますぎる。
ビールなくなっちまった。……うーん、案外どってこたぁなぇな。でもすげー眠い。ので、寝ます。でわ
2008-06-14
「ふつう」の人の処遇
なんといえばよいのだろうか。
小学校の騎馬戦に一人残される
というような記事を見るにつけ、悲しくなる。
秋葉原の事件の容疑者や、潮見での事件の容疑者も、みな知っている人は「まさかあの人が」と言われる。(秋葉原の容疑者については事件後いろいろなことが明らかになって今はそう思わない人も多いかもしれないが、起きたばかりのときはそういう感想の方が多かったはず)
学校の通信簿は「よい」「ふつう」「わるい」
大抵これに種別される。
細かくなって5,4,3,2,1、となったところでま、ようするに「3」は「普通」だ。
本来「ふつう」は喜ばれるべき位置だったように思う。一億層中流社会の頃までは。
で、今はどうだろうか。
「よい」子は誉められ、たとえちょっとくらい人間性に問題あっても社会的にはうまくやっていける。
「わるい」子は なじられる が 目立つ ので最近は特に対処が案外緻密になっている。
テレビドラマを見ても、悪い子があまり悪く描かれない。勉強は出来ないけど本当は良い奴なんだ、といった流れが非常に多い。不良と呼ばれても、恵まれていなかっただけあってそれなりに良い教師に恵まれればなんとかやっていけるのではないか?という風潮が大道を行っているように思える。
その成否はともかく、気になるのは「ふつう」の子供たちだ。
秋葉原通り魔事件の容疑者は中学までは「よい」子だったが高校は今年偏差値70だかのまぁ県内で一番の高校だから中に入れば「ふつう」だったろう。いや、そんな高校なら「わるい」部類に入っても世間的には十分「よい」んだけど体感的に「ふつう」感が強いと思う。
「ふつう」の子というのはどうしても相手にされにくい。無難であり、手のかからない子とされがちだ。相手にされたくて「ふつう」の子や、「よい」子まで、悪いことをしてみたりする、そういう子供は案外多いものだ。
昔は日本は階級社会であったし、身の程を知り、その中で「普通」に生きることがもっとも「善」だった。
高度成長期は基本人民は平等であり、好きなことが出来る、と言われながらも、一億層中流という意識があるからなんだかんだ言っても「ふつう」でも満足できる道があった。
では今はどうか。
一億層中流というのは全く嘘で、「勝組」「負組」という基準の分からない差別がある。世界でひとつの花※だかなんだか知らんが、「オンリーワン」で満足できるほど現実の世の中は甘くない。オンリーワンと言っても結局は「その他大勢」「有象無象」「ただ良い人=どうでもいい人」でしかないことに若い連中は気付いている。
生まれてくる子供に対し、果ては博士か大富豪かという期待も躊躇無くかけられる。
てめぇの子供であることも忘れて。
実際、今の日本は努力次第で何にでもなれる。(はずだ)
スタート地点は平等だ。(の、はずだ)
でも運動会のスタート地点とは違い、現実は理不尽であり、やはりスタート地点は生まれたときから違う。(運動会についてはそれで正しいと思う。結果の平等は目指すべきではない)
ドロップアウトしきった「悪い」子のサポートは大分に良くなったと思う。前出のドラマにしても世論を誘導し、まるで「悪い」子の方が「よい」子より「いい奴だ」という風潮さえある。
たしかに「よい」子は「やな奴」でもなんとかなる場合が多い。
でも「よい」から「ふつう」にドロップアウトしてしまったとき、そこで留まらず、どうしてここまで「悪い」ところまで落ち込んでしまうのか?
「ふつう」はどうしようもない、「ふつう」の生き方では満足できない、それが今の子供たちのプレッシャーになっているのではないだろうか。
だいたい「勝組・負組」って何だ。「普通組」はどこ行ったんだ。
通信簿の
「よい」「5」「4」=勝組
(基本いい奴ばかりだけど、たとえやな奴でもなんとかなる組)
「悪い」「1」「2」=負け組み
(基本問題あるけど、対処によっては有望だったり案外いい奴の組)
「ふつー」「3」=それ以外のどうでもよい人 (・・・どうでもいい組)
こういう感じなのか?本当は一番多いであろう「ふつー」を最も重視すべきではないか?
だいたい「俺は勝組」
と言ったところで概ね「ふつう」ぐらいだろう? そんなに幸せかお前??
私はいままでの人生の中で出会った中で一番嫌いな本がある。それはWなんたらとかいうくそイラストレータが書いた「金塊巻」という”くそ本”だ。その本を高校生の時に読んだ。
マル金
マルビ
の二元論。
世の中のまじめな普通の人をこれほど卑下した本は無い。こんな”くそ本”が売れまくったあとバブルが来た。あれ以来日本は腐ったと思う。たかがこんな「くだらな本」の作者にこれほど敵意がわいたのはこいつが初めてだったことを、なんでかな?思い出してしまった。
※世界で一つの花 に関して
あれはね、ゲイである作者の性癖がオンリーワンでいいじゃないかという歌だ。全ての人生に当てはめてはいけないんだ。
2008-06-13
誰でも良かった、わけではないだろう
秋葉原で凄惨な事件が起きました。
ついこのあいだ
少なくとも「人を殺せば死刑になれると思ってやった」といった類の事件があるこの世の中で、「死ぬ気がなればなんでも出来る」なんてあまし簡単には言ってはいけない。
なんて書いたばかりのタイミングでこんな事件が起こって、ちょっと気持ちが悪い。
容疑者も
「死ぬ気になれば何でも出来る」というのは「死ぬ気にならなくても何でも出来る人」の言葉だ
というようなことを掲示板に書き残していたそうだ。
誰でも良かった、この言葉、実はそうであるようで、そうではないですよね。衝動的なものではなく計画性が非常に高いし、その対象が秋葉原のホコテンで楽しそうに歩いている人である事にあったからこそわざわざ静岡からやってきたのだし。
いつぞやの小学校の事件も、その小学校に意味があったし、今年起きた駅で突き落とした事件や、土浦の事件もきっと対象が駅になるなんらかのこと、駅で頭にくること、があったのだろう。実際通勤電車に乗るのはかなりのストレスだ。いや、あれが趣味な方もいるかもしれないな、うむ、すまぬ。
あのようなナイフを簡単に売らないようにする、とか、掲示板の犯行予告書き込みの監視を強くする、とか、犯人が二次コンだったとか、親を引っ張り出してコメントを求めたりって報道ばかり目に付く割に、派遣社員の現状についてしっかり報道する所が少ない。無いわけではないけど、バランスが取れていないのが気になる。やはり世界企業がバックについていると扱いづらいのかと穿った見方をしてしまう。
一方で容疑者が行った過去の掲示板の書き込みが次々明らかにされ、ネタにされている。どう考えてもこの報道は意味があるのか?ということまでネタにされ続けている。いつか飽きられてしまうまで続くのだろうか。何かが間違っているような気がする。
こういった容疑者のような現状にある人はたくさんいるわけで、皆普通に生活をしているのだから、このような犯行を犯した容疑者を許すべきではない。という当たり前の事をまずことわっておく。
その上で、こうしたどこか心が不安定になっている人や社会的弱者と呼ばれる人をケアできるシステム、事件の芽を摘めるようなシステムが必要なのではないかな。ただ「もっとしっかりしろ」とか「がんばれ」言うだけでは何も解決せん。
おまえ、絶対「誰でも良かった」わけではないだろう!というところをもっとしっかり追求せんことには先に進まないような気がする。
2008-06-02
校庭の広さ
昨日子供の通っている小学校で運動会があったのだがとにかく校庭が狭いので見物が非常に大変だった。
狭い狭いとは思っていたが、グーグルマップの距離測定ツールというのを使って実際に計ってみて驚いた。地図を下に表示するので距離測定ツールを持っている方は計ってくれ(なくてもよいが)
大きな地図で見る
どう広めに計っても、約55mx29mしかない。
1595㎡
校庭の一番外側を壁に沿ってぐるっと歩いて大体168mだ。
これがどのくらいの狭さかピンと来ないと思われます。
新潟の江南高校の体育館を空から見てその外周を計るとまぁだいたい53mx31mあります。
大きな地図で見る
体育館の中身は実際はステージとか舞台裏とか壁の厚さもあるだろうけど、校庭も遊具があったり植木があるから実際に動ける場所の面積はほぼ同じくらいと見てよいと思われる。
(上のグーグルマップの映像の縮尺は同じです。・・・・)
つまるところ、江南高校の体育館と同じ広さしかないわけだ。東新中の裏の校庭(テニス部とかがやってたところ)の外周がだいたい195mで、そこよりずっと狭いわけ。
大きな地図で見る
そりゃ狭く感じるわけだよな実際狭いんだからさ。
笹口小学校は校庭が狭くていやだなぁと思っていた(沼垂小学校はかなり広いのだよ)がそれでも校庭外周は250m以上ある(真四角ではないので測定はいい加減であるが)
大きな地図で見る
ところで、うちの嫁の行っていた中学(埼玉)だが、外周がおよそ568mあった。なんだそれ。校庭3周!とか絶対やりたくない。とおもったら、こんな学校もある。こりゃすごい。日本一の広さらしい。かなりぞんざいに植木とかの内側を計っても一周1024mです。校庭といってよいのかどうなのか、フルの野球場にトラック、テニスコートとちょっとしたスポーツ施設だ。
大きな地図で見る
うん。ほら、同じ縮尺だとなんだかわからんだろう。
では少し表示部分を大きくしてやろう
大きな地図で見る
やっぱりわからんだろう(笑)ってこら!でかすぎだろう!(地図の下の大きな地図を見るリンクをクリックして勝手に見てくれ)くどいようだが縮尺は皆おんなじだ!!
この広さ、分かりやすく言えば、鳥屋野にある野球場とサッカー、陸上競技場をあわせてさらに交通公園をちょこっと入れたくらいあるんだぞ。生徒数がどんくらいなのかは知らんが、なんつーか、地域格差を感じます。
それはさておき、個人的に通いたいと思う学校はここだね。映画「チェスト」の舞台になった小学校です。
大きな地図で見る
なんつーじょんのびなロケーションなんだろっか。