2009年 のアーカイブ

江畑さんさようなら。

 遅まきながらあの方が亡くなられたそうだ。軍司評論家の江畑謙介さん、あの髪型への親近感だけでは無く、話されていた内容含め好きだったんだけど。もう見ることが出来ないというのは寂しい。ご冥福をお祈りします。

  

 こちら炎上してますなぁ。よっぽど嫌いだったのかな。てかこいつ誰よ?

 これにたいしてこういう援護もある。ふーん。

 でもなぁ、この首藤さんという方中川さんの時もこんなこと書いてますけど。なんか死者に鞭打つのがお好きな方のようだ。もう少し間空ければいいのに。ここまで言うならきちんと根拠を示せばいいのに。生きているうちに論争すればいいのに。

依存?

 今日のテレビのニュースで、最近の若者の携帯(というかメール)依存度が異常だ、というのをやっていた。風呂に入りながらメール。寝るときも携帯片手に寝る。メールが着たら30秒以内にレスするのだそうだ。んな馬鹿な。ごく一部の現象をことさら全体像のように報道しているだけだろうと話半分に見ていたが、どうも話半分よりはちょっとマジ度が多いらしい。

 すぐに返信しないと(されないと、つまりお互いに)失礼にあたる、という感覚だそうで、それで30秒以内。早。
「嫌いな人からのメールの場合はどうなの?」というレポーターの問いに
「……5分?」
十分早いよ、それ。

 ここまで逝ってしまうとやっぱ病気だ。片時も携帯話さないって、目の前の人とのコミュニケーションはどうなってるんだ?まさかエッチしながらメールを打ったりするんじゃあるまいな。でも
う○こしながらなら余裕で打つんだろうな。きたねぇなぁ。

 携帯が無いと「繋がってない感じ」で怖いのだそうだ。本当かよ。嘘だよな。携帯のメールなんかで繋がるよかもっと良い繋がり方があるのになぁ。一度電波の届かない海外の僻地に半年ばかり行くといいぞ。

 まぁこんなの会社にでも入ればメール見るのも嫌になるんだろうがな。むしろ繋がりたくないし。

 ただ、人のことは言えない。自身、携帯は要らないけどネットは繋がってないと非常に困る。仕事というのもあるけどそれだけじゃない。もう、私の「予定表」だの「メモ」だの「覚書」だの、他人の個人情報以外のありとあらゆるもんがネット上のサーバにある。メモ帳とか予定表というのを持ち歩かなくなって久しい。

 最後に買ったメモ帳はちょっと小洒落たのが欲しくてつい買ってしまったモレスキンの無地のやつなんだ。

 映画ダンス・ウィズ・ウルヴスの主人公や、インディージョーンズの親父さんが持っていたような「カッコいい手帳」にあこがれたんだが、野望空しく、結局書くことが無くて、このていたらくぶり。あぁはずかしい。スペースを有効に利用し杉。

モレスキンが泣く無地なのをいいことにスタンプ帳になってしまった。※ちなみにこれは、二歩足で立つレッサパンダで有名な千葉動物園のスタンプだ。一応レア物だ……)

 どうもこういう物体は「酔っ払って落として無くす」ことの方が怖くて駄目だ。その点、ネット上のサーバなら、こっちがへべれけになっても消えないから助かる。これが本当に良い事なのかどうかは微妙なんだが。

 メモ帳というのは、「書いた時点である程度覚えてしまっている」ところがある。後で見直す事があまりないから、書いた後って邪魔なだけかもしれないと思う。

 一方サーバに書き留めたものってどういうわけかすぐに忘れるから後で見直す事が多いが、DBだと検索もできるしこりゃ便利。基本的に誰かに覗かれる(いくら認証かけたとしても少なくともサーバ管理者には丸見えだ)リスクがあるのが前提だから、覗かれても困らない事しか書か(け)ないし、もしサーバが落ちたとしたってどうせ内容覚えていないんだから「はじめっから知らなかった事」で済む(?)し。

 なんやかんや言い訳したが、要するに私は記述の仕方が下手なだけだ。ちなみに件の手帳の最後のページはこうだもの。▼なんだよこれ。見直すわけねーじゃんこんなの。見たないわ、俺。

モレスキンが泣く

 モレスキンも泣くよ。
どこがダンス・ウィズ・ウルヴスやねん。
とてもぢゃないが、40半ばのナイスミドルな男の手帳とは思えんよ、我ながらよ。

 わかるだろう?これ落としたらマジ恥ずかしいよ。このページなんかまだマシな方なんだから。そう、俺に手帳は向いていない。ネット依存は業なんだ。

NEXTの、ぼたん の 位置が変。

 どうにか、ワードプレスにした。まだやってないとこあるけど、休日が終わってしまったのでまぁ、おいおい、ぼちぼち、とな。

 で、できあがったサイトを見てどうしても気になるところがある。それは、このページの一番下にある

« 前ページへ        次ページへ»

の表示だ。これだけ見ると何がおかしい?とおもうかもしれない。でも 普通、ブログや掲示板の場合、次のページ(過去ログ)へ行くリンクは右側にあるものだ。が、ワードプレスはデフォルトでこれが逆になっているのだ。(あえてそのままにしてあるので見てみて違和感を感じて欲しい。←10/15 使いにくいので変えました。

 確かに、「古い投稿ページ」へのリンクであるから、時系列的にも「BACK」だ。Backは左、未来であるNextは右。理屈としてはそれが正しい。だって、単記事の場合は通常右リンクが「新しい」記事になっているのが普通だ。だからメインページもそれに従ったんだろう。でも感覚としてどうも妙な感じがするのだ。

 「このサイトのプログラムのインターフェリスにおける整合性としては誰が何と言おうと新しいものが右なんだ!」という強い意志をひしと感じる。その意気や、見上げたものなのだが……

 これは、やはり承服できまい。プログラム側の倫理を押し付けるな、と思う。コンピュータというものは押並べて人間の生理に従うべきだし、それを忘れたインターフェイスは危険だ。

 プログラムとしての整合性としての「未来は右、過去は左というのは、あくまでプログラムの側からの論理である。ユーザにとっては書いてある内容の時系列云云なんか関係ないのだ。人間にとって、既に読んだ文章は『過去』であり、読んでない文章が『未来』なんである。

 プログラムをやっている人なら知っていると思うが、(英語の国の人が作った)プログラムは大抵こんな感じになってる。(これはワードプレスのindex.phpの記述から)

<?php comments_popup_link(‘No comment’, ’1 comment’, ‘% comments’,”,”); ?>

左から「コメントが無い、一つコメントがある、%個のコメントがある」それぞれの表記を指示している。3つね。

 プログラムとしては、「コメントが無いときの表示」と、「あるときの表示」とで2つに別ければ済む話なのだが3つの指示が並んでおるのだ。

 日本語の思考でも、分岐は2つで済む。「コメントが無い」場合と「%個のコメントがある」場合と。

 でも英語のプログラムを見ると、結構この「数」の表示でいちいち分岐が多いことに気が付く。これは英語が「1」か「2以上」かで単数形と複数形に表記が異なる」からに過ぎないのだ(この場合は”comment or comments“) が、それだけ英語圏において「対象が「1」か「それ以上か」かを書き分けない事」は大きな慣習的違和感を生み出すからこその施策、ということだ。

 日本人から見れば「数字」さえ表記があれば、名詞の「s」の在る無しなんてど~でもいいんだが(笑)

 そんなめんどうなことを律儀にやっているのに、ワードプレスのこのデフォのページナビはあまりに杜撰(ずさん)だ。極端な話、水道の蛇口の開け閉めやドアのひねる方向が逆になったような気分を感じる。

 ただこれは、ブログ、というより「掲示板」という文化が出来てからというもの「新しい記事」を一番初めに表示する、というのが当たり前になったから生じた矛盾だと思う。ウェブというものが無かった時代には「新しく書かれた文章」は必ず末尾に付いたのだ。リアルなノートや日記帳を最後のページから書く人は居ないだろう。リアルな日記で一番新しく書かれたものを読みたいとき必ず人は末尾から空白ページを辿っていくのが普通だ。

 ノートや日記帳の初めのページに書いてあるのは一番古い記事だ。それがウェブでは逆になって、それが当たり前になった。これは将来的に人類の思考の仕方に大きな影響を与えていくんじゃまいか?と思ったりもするが、どうせそのころ俺は死んでるからどうでもいいや。

牛丼が売れなくて吉野家が赤字だそうだとか

 もう、なにそれ。どうしたら良いんだって状態だな。しかしあの騒動の時、牛丼が無くなるって時にあれほど並んでまで食った人達はどこへ行ってしまったのか。なんか「だまされたかも」と一番感じているのは吉野家さんだろうな。

 そーいえば、こないだ吉牛行ったが、ついうな丼を食べてしまった。食いながら、「なんで吉野家でうなぎなんか食ってるんだ俺……」とすごく後悔した。だって周りの人みんな牛丼食べているんだもん。なんだか気のせいか「何うなぎなんか頼んでんだよお前」的な視線を感じる。「うなぎ食うならすき屋に行けよ」みたいな。で、「確かにここでうなぎ食う必要ないし」と思う。うまくは言えないが、そういう感じがしてしまう点からして吉野家ピンチだと思う。牛丼以外食べたくないんだ、って時が昔ほど無くなったような気がする。別にカレーでもいいか、とちょっとでも思ったら松屋に行く。どうしても決められなかったら「カレ牛」があるじゃないか。

 吉野家は牛丼に拘りすぎてユーザのニーズの多様化に対応しにくいブランディング展開をしてしまったのだ。何をムキになっているのだ俺は。どうでもいいじゃないかそんげこと。

 で前から気になってたんだけど、どうしてあの騒動の時吉野家はオージー牛にしなかったのか?っちゅうことなんだが、そこは吉野家、味にこだわっていて「オージーの牛で作った牛丼なんか食えるか!」ってやつかと思いきや、どうも「アメリカ産は部位ごと買えるがオージーは丸ごと一頭しか買えないので高くつく(ソース不明)」のが理由だそうで。

あかん

 なんだかとほうもなく面倒な事を始めてしまった様な気がする。ちょっと前(といっても半年位前)に仕事でWordPressのサイトを構築したはずなのに、すっかりタグやらなにやらの使い方を忘れてしまっている。少しもスキルの蓄積になっていない。これはどういうことか。ボケたな俺。だいたいが、今日一日何やっていたかと言えば、カテゴリメニューの並び替えをどうやったのか?という事をすかっと爽やかに忘れてしまっており、何度やってもエラー連発。結局サーバのパーミッション設定がまずかったって事でちゃんちゃん、で日が暮れた。もう、あれほどアップロードの際権限設定を気をつけなきゃ苦労するって目に合っているにも関わらず、気が急いてつい「一気に」「とっとと」アップして、それだけならまだいいが、インストールからエントリーのインポートまでやっちゃって、ほんでもって「あ”~~」って何度やったら気が済むんだろう。

 おまけに、全部WP上で、今風にライトボックスも使ってやろうなんて馬鹿なこと考えたために、これまでJavaScriptで組んでたアホなコンテンツを入れ込むのがすごくメンドクサイ。しょうがないのでフラッシュにしたら、それだけでなんまら時間がかかってますます馬鹿みたいだ。なんで今更こんげがんフラッシュにせーばなんねんだろっか。こんげがん

 ただ、こういうのって、一気にやらないともう「興味が失せて何もかも消える」んだ。あほらしいけど連休中にやらかしてしまいたい。だってもうすぐコシヒカラー10周年なんだもの。

 ……よくこんなあほなもん十年もやってたな。

ワードプレス構築中

過去の記事を全部ワードプレス化しようとしてます。
これまではMTにしてたのは新潟語講座とばか話、写真館の3つに別けていて、他コンテンツは全部手打ちだったんですが、このさい一つにまとめてしまおうと野望を画策・・・
軽く考えていたんだが、(実際やるこた単純作業なんだが)こりゃめんどくさいぞ。

うん
かなりめんどくさいぞ。

デザインは後回しだ。

サーバ移行作業中です。

しばらく表示が乱れます。ご了承ください。