気づいてもらえない時

これは物悲しい。ハイタッチ(本当はハイファイブってゆーのか?)を無視された時を集めた動画。

なにげに手を鼻に持って行ってみたり。さすがに彼の国では外した時の動作が板に付いている?。それでも後で見るのは嫌だろうな。もし自分だったらしばらく落ち込みそうだ。くそう。タッチしてくれなかった人リストとか作ってしまいそうで怖い。

最近日本でも流行ってきているようだが、こんなあとあと尾を引きそうな風習が日本に定着しないことを祈るばかりである。

漂流

今朝のニュースで、アメリカ西海岸に昨年の大地震の瓦礫が漂着し始めたという話をやっていました。なんでも軽いものから流れ着き、来年には大きなものも流れ着くようになるらしい。その後、カリフォルニアに南下する海流に乗り、今度はハワイに向かうそうだ。地球は一つだわ。

その漂流物の量が「25万トン」だと言われている、と報道では言っていた。

25万トン。本当かな

 

いや本当だろうが嘘だろうが全くもって実感がわかないんだがヽ(´ー`)ノ 、もうちょとわかりやすく言えないものだろうか。

例えば新弟子入りしたお相撲さんの体重が一人あたり平均100kgとして、10人で1トンだわな。するってぇとこういった若いおすもうさんが250万人くらい海を渡って押しかけてくるってことだぁな。どうだろうか、わかりやすいだろうか。

 

 

新弟子250万人かぁ。

 

……

 

かえってわかりにくいか?

そうか。

 

でわ、新潟県民の人口が230万人余りだ。新潟人がみな関取となって、大挙してアメリカ西海岸に押しかけている図を想像してみてくれ。

 

なんだかアメリカが気の毒になってきた。

ご当地バーガー

先日テレビでもやってが、ご当地バーガーというのがある。新潟バーガーはまだたんぱく質が挟まっているだけましだが、讃岐うどんバーガーとかうどんが挟まってるんだぜ。単なる「焼きそばパン」のうどん版とか言ってはいけないらしい。しかし炭水化物ばっかって、体に悪そげな食い物だが、旨いんだろうな(笑)俺焼きそばパン好きだ。

で気になるんだが、そもそも

バーガー

て何?

元はハンブルグ(ハンブルク)風のステーキ(タルタルステーキ=ひき肉の生肉≒ユッケっぽい)が広まって英語読み(ブルク→バーグ)になってハンバーグステーキと言ったはずだ。それをパンに挟んだのがハンバーガー。なのにうどんとか。うどんで肉挟むならまだしも挟まってる方がうどん。これはどう考えたって「うどんサンド」と言うべきなのにうどんバーガー。

ハンブルクという地名を和訳すると「(ハン)湾(ブルク)城(堡・とりで)」だそうだ。港湾の城郭都市みたいなもんだ。茨城県の取手と大して変わらんと思う(まるでうそだ)

「ブルク」は城。よーろつぱには「なんたらブルク」って地名多い。

だからバーガーとは「城野郎」もしくは城愛好家か。沖縄なら「グスカー」だと思う。なんだかちっともカスってない。完全にバーガーが一人歩きしてるな。

どうせかすらないんだったら、いっそみかづきのイタリアン挟んだらどうだろうか。名づけて

イタリアンバーガーまんまや……

まったくもって
イタリアともハンバーグともダブルでカスッてないヽ(´ー`)ノ

イタリア人が食ったら怒るかもしれない。ぜひ食べさしたいと思う。

震災後の変化を定点観測した写真

これすごい。

http://blogs.sacbee.com/photos/2011/09/japan-marks-6-months-since-ear.html

よく同じ場所から写したな。

あの津波で認識を新たにしたんは、津波ってのは「未来少年コナン」や「ドラゴンヘッド」なんかに描かれているような「ビックウェーブ」がざっぱーーーん!てぇ一気に来るんでは無かった、ということだ。

海全体が端の方からだんだんと盛り上がってきて、徐々に、淡々と、いつまでも真っ黒い水が増え続ける……。こういっては何だが、絵的にはいまひとつ。なのに怖い状況。津と言うけど、”波、ウェーブ”という言葉から想像するものとは違っていたってことを初めて目の当たりにした。良く「第一波」とか言われるけど、どっからどこまでが一波なん?てくらい長い。あれではいくら波の高さより高い堤防を作ったって、後ろから次々に押し寄せてくる水に押されて水かさがどんどん高くなる。他に少しでも低い所があったらそっちから回りこんでくる。

津波と言うと「高さ」ばかり言われるけど、大事なのは「移動してくる海水量」なんではないか?小川をいくら屈強なダムで塞き止めても水が流れ続けてさえいれば、いつかは決壊する。

6×8は正解でも8×6はバッテン?

今話題のこれ。

8人にペンをあげます。1人に6本ずつあげるには、ぜんぶで何本いるでしょうか。 ご覧のように、「8×6」だとバッテンで、「6×8」だと正解らしい。何じゃこりゃ。僕がテストを受けたとしても「8×6」と書く。だって問題文はその順番に書いてあるから。さらに答の48本もバツ。丁寧に赤ペンで48本と直してくれている。さらに意味不明。

詳細はこちらをごらん頂くとしてhttp://blogs.itmedia.co.jp/magic/2011/12/6886-2d5b.html

俺も「なんじゃこりゃ」派であった。多分子供の時分でもそう思って教師を小ばかにしたんじゃなかろうか。納得いかないと思ったはず。いわゆる初等の算数は得意だったから、かえってよろしくない。こましゃくれたガキ。

そう、だから私は「行列」で数学に躓いたのだ。行列大嫌い。高校以来文系一筋の道を選んだのは「行列」のおかげ。なのに大学で数学が必修(なんで芸術学部写真学科で 数学が必須なのよ!)でしかも「行列、数列」の授業だったから本当に困ったのだ。あまりこの件とは関係あるよで関係ないような気もするけど、もっと深いところ、数字を愛せるかどうか?という部分にものすごく関係しているような気がするのだ。

本当はちゃんと昔から「答えの単位×かける数」と教えられているはずなんです。どっちだって答えは一緒じゃね、というわけで、大人になるとわすれっちゃう(特に文系は)のだけど。

数学得意な人って、こういう点、「答えが同じならどうでもいいじゃん」とか「答えが全てである」いうのを重々解っていながらにして、その実数式にかなり拘(こだわ)っている人なんじゃなかろうか。答えと同時に数式に対しての愛着の度合いが高いというか。いやむしろ答えよりも数式を愛すみたいなところがないと数学を愛せないみたいな。

ただ、答えまで×にするのは間違っていると思うけどね。数式△(もしくはxでもいいけど)答えは〇でしょう?先生。