TwitterとFacebook

似たようなもんだと思っていたが、こりゃ向き合う姿勢的に全く別物だった。

2ちゃんねるをやる人と、MixiやFacebookやる人、中には両方コナす人もいるようだけど大抵は相反するようだ。2ちゃんにしても、掲示板という使い方と見る場合とVip版みたくクオリティの高い(?)ウェブ的お笑いの覆面サロンの場として見るのとでは全く様相が違う。

私はどっちかというと2ちゃんは宝島の「VOWネタ」みたいなの(古いか)のウェブ版という感覚のスレがスキでよくROMっている。考えてみると、自分は結構ガキの頃からいわゆる「読者投稿雑誌」というのが好きだった。「ゲル状はにわ」とか見た時は心底夢のようだと思ったもんだ(なんだそれ)

そういう点から行くと、Twitter はこの方向に少し近く、Facebookはベクトルが真逆だ。花輪和彦と、野口笑子の違いのようなものだ。

ブログっていかようにも使えるけど、というか、自分の場合、ブログというものが出来る前からホームページを作っていたから、更新が便利だからってだけでブログシステムを利用しはじめた、というのが本当の目的であり「いわゆるWeb2.0的ブログの使い方」としてはあまり正しくないのかもしれない。

ウェブサービスって一口に言ってもまだまだ隙間がありそうだ。

ジワジワ来る(マルマル)のグレー

http://newsrumble.seesaa.net/article/215531130.html

てかこれはクロだわ。これが許されちゃったらもう終わり。

「ネットで拾った画像」にコピーを付けた本発売。 「著作者が見つからない以上、これはもう皆のモノ。」

というスタンスだそうだから、売上、印税は国民皆平等に分けていただきたい。ネットで拾ったんだったらネットで見られるわけで、無料のブログで見せればいいのに。なにも印刷物にする必要はなかろうも。

Twitter

いまさら初めてしまった Twitter 。

初めに10人フォローしないといけないのか?これ?。しかたないなぁ。で、垢取ったらなんだかしらないがフォロワーが数名付いたんだが,これはなんでか?。誰?、どうすれば良いの俺。いまいちよく分からない。使い方。

「私はこのツールでフォロワーを500名増やしました!」というメッセージが入った。いったいどういうことなんだと思って その人のつぶやきを見たら

「フォローありがとうございます」がひたすら羅列。これ見て面白いのか?なんか、思ってたのと違う。どうもビジネスに使おうって動きの方が勝ってしまっているようだ。もう既に末期なんすか?何をいまさらって感じか。まぁいいか。健忘録替わりに使ってるだけだし。

Facebook

て、どうやって使うのかぃ?

ずっと前になんとなくアカウント作ってから一人も友達がいません。という状況が2年近く続いていたのだ。時々友達リクエストとやらが届く。でも知らない人。その周りに

友達かも!?

とか書いてあるんだが、どれも皆知らない人ばかりだわ。しばらくしてやっと知ってる人が来た!って、前の会社の社長じゃん。orz う~ん、

承認を保留

にしたまま随分経ちました。だって、友達が前の会社の社長だけってなんか。でしょう?

MIXIも垢取ったっきりログインパスを忘れてしまった俺なんで、多分向いてない。ただ仕事が仕事なんで、とりあえずこういったサービスがあると垢だけは取ってしまう。

ヤフオクは昔(かれこれ7-8年前か)ハマったが、飽きた。wikiは案外SEO対策的に有効なんで重宝してます。世にある無料ブログサービス、実は殆どアカウント持ってたりする(全然使ってないのでもうパスもなんもかんも忘れた)。なんでそんなことしたのかっていうと、各社のブログシステムがどういう利便性があるかどうか、利点、弱点を調べたかったからやった。無料ウェブメールの垢もひと通り揃っている。取得理由はブログと一緒。アフィリもいろいろ登録だけはしているが、使っているのは楽天とGoogleと・・・それだけか(笑)。設定が楽なんだよな。小遣いにもならんが、子どもの誕生日プレゼントくらいは賄えるので助かってます。

ウェブフォトアルバムもあっちこっちやっている。結局 Picasa と Panoramio しか残ってないけど。ただ、いきなり英語で挨拶されるからすごく返答に困っていしまい、最近は近寄っらないようにしている(だめじゃん)

まぁそんな流れで Facebook の垢もあるだけで使わない状況であるわけなんだが、震災後あたりからやたらと本当のお知り合いが増えてきた。なんかブームなのか?(前からだよ)

Mixi からこっちに流れはじめているのだろうか。よくわからんが。使い方がどうもわからなくて困る。

そういえば、 Twitter 関連のつぶやきアカウントだけは取ったことがない。なんでだろう?最近物忘れがハゲしくなってきたから、ちょこちょこ書き溜めるのに便利な気もする。なにせ、「さぁ、あの面白ぇ話書くか!」とPCの立ち上げている間に、何を書こうとしていたのか忘れてしまうのだね。ひとつやってみようかな。(そういう使い方をするもんでわ無い、ということはよく存じあげております)

変えたってほどの物でわ無かった。

う~っん。なんつーか、今風のデザインにしたかったんだが、めんどくさくなった。結果あまりに普通。

てかさ、昨今、横1024pxの画面サイズで見に来る人って極端に減っているんですよ。(グーグルあなるティックスの解析結果から類推)

じゃったらデフォ(最小サイズ)1280ピクセルの画面、てのでもいいいのかな、と。もちろん仕事ではこんな提案しませんが。(仕事だと相変わらず横幅は950だね、なんだろうね、これ。今だに760で、とか石器時代なこと言う人も、ま、だ、居ます。でそういうサイト、字がちっちゃい(笑)本末転倒。ブラウザの巾に収まったからそれでいいの?)

一方で、殆どのユーザは最早1280以上、1366×768とか、1920×1200(これが次いで多い)。会社のiMacも横が1920。これだとほんと端っこにちんまりとコンテンツが・・・こういう高解像度の場合、ブラウザは最大にしてもデフォでは1600pxまでしか広がらないのね(iMacだけかもしれないが)。こおういく端末から昔ながらの800PX以下のサイト見るともうさ、哀しいくらいに貧乏くさいんだよな。困る。

まぁダレに合わせんのかなってだけの話なんですが、

ほんで、私は老眼が進んでいる。そう、ちいっさい文字が見えん。特にこっんまいノートでわまるで見えんのだ。で、文字を大きくするとなんかな、窮屈だし。

で、字をちょっとでかくして横幅もすみませんが1248を基準とした。別に企業サイトでは無いんだからいいだろう。今後はおそらく企業のサイトも1248が最小基準となると思うし、そういった場合どういう文字サイズが見やすいのかとか、色々事前にテンプレつくって置けるから。

情弱 という言葉がある。多分今後、ネット系情報発信は二極化が進むと思う。携帯用、PC用サイト、ではなくて、情弱用、ヲタク用で明確に分けて作れるようになると、作るほうは凄く楽なんだわ。中間目指すとどうしようもなく「しょぼく」なるからね。テレビのあの中間狙い見ていればわかるでしょう。中間を狙うということは、結果「中の下」か「下の上」が落とし所にしかならん。

バイリンガルサイトも簡単に作れるようになってしまったが、それより「バイ情弱・強・リア充・オタク」マルチリンガルデザインが出来たほうが日本のためには良い。でもわ^ードプレスにそういうプラグインが出てない。たぶん今後も出ない。

そういった意味では、地デジとかどうでもいいんだよ。二極化三極化に対応したコンテンツを出して行ったほうがテレビとかいう前時代のメディアも生き残れる術があるとは思うのに、なんだろうね、あのアナログ放送に対する仕打ちのひどさ。
「あと何日です!」ってテロップ、大きすぎる。ひどすぎる。そこまですんのかよ、と思う。マジで、見なくていいやと思うぞ。

テレビの指針の間違いは、視聴者を「一律化」して押し込めようとしている事だ。情報操作を企業体や広告代理店が一体となって推し進めている戦略が破綻しかかっていることに全く気づいていない点にある。

爺様どもはテレビがなくなるとすげ不安らしいから、やれアンテナが無いと見られないとか、ほんとワタワタしていてかわいそうだ。それにつけこんでアンテナだの、チューナーだのと商売になるだろう。まぁこうでもしないと、爺に行った年金を取り戻せないか。でもそういう時代は多分、そろそろ終わりだぞ。次の世代はそんなに甘くないからな。どうせ年金もろくに払ってないから金もない。年金をろくに払っていたって、支給が来る前に寿命がくる時代は目の前だ。

 

地デジ化で一時的にテレビは盛り上がるかもしれんが、あと二~三年後が楽しみだ。ダレも見なくなってんじゃねーか?(それは無いとは思うけど。でもそうなってほしい。節電節電、お前らが電波流しながら言うな。放送ヤメればいいだろう。だれもテレビつけなくなれば結構節電になる。)