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年の瀬の年賀状写真選びで見つけた

また選挙で街がやかましいですな。もうちょっと静かにできないもんかね。「減税日本・反TPP・脱原発を実現する党」とかだいたいが党名長すぎだろうにちゃんと連呼しろよなぁ。ぜって噛むなよ。

というような話はどうでもいいんだが、年の瀬ですだ。

年賀状の季節だってんで、また一年撮った写真からセレクト中、おぉ、ってがんあってちょっと見してみたい。毎年夏に三重の松阪に出かけているんだが、駅で息子を写したのがこれなんだけど……

今年の夏▼
 

で、これが俺。▼ なんじゃこりゃって同じ場所のを見つけたった。だいたい40年ほど前の夏。分かりにくいかも知んないけどほとんど同じ場所なんだわ(↑JR《↓国鉄》松阪駅ホームで両ガキが立っているんが鳥羽・伊勢方面のホーム、SLのいるホームは名古屋方面粋!)
 

なんでかいな、普通にSLいるし(笑)俺ってやっぱ爺ぃなんだな。まぁSLの最後は1975年末だそうだから俺が10歳の冬までは日本のどこかしら(終いの方はほとんど北海道くらいだけど)で蒸気機関車は走っていたわけで。

この写真の反対側には近鉄のホームがあって、そこには当時も普通に「ビスタカー」が当たり前のように走っていたし、勿論新幹線も走っている時代なんだけど SL が写っているだけでなんだか随分古く感じるもんだ。(実際古いんだけどね)

これね、セピアにすると金田一耕助の時代のいいとこの坊ちゃんかよ!ってテイになるから不思議だ。

 

 ……

そうでもなかった。(´・ω・`)

てか、「いいとこの坊ちゃん」って部分だけ余計だった。すまん。

流行りもの

「ベルサイユのばら」カルタが大人気というんで、欲しいなと思ったら殆ど売り切れだ。くそう。しかしすごいねこれ。面白すぎる。

でも私はベルばらをまともに読破したことが無いので、いまいちピンとこない面もあるから、ぜひ「ガラスの仮面カルタ」が欲しい。

つけた…!ついに…!わたしの宝…!」
そろしい子」
ウォウ……ウォーワァーー!!」
ぜ私が姫川亜弓に悪意をもたれなきゃならないの…?」
こにいるのは、審査員という名の 観客…!」
く……」
チュアートの青いスカーフ?」
らさきのバラの人…!なぜ、あなたなんですか!」
らないわ…!わたしは知らない…!橋のこともあの子のことも…!」

あぁ・・・・あゆみさん!!

いかん、取り乱してしまった。知らん人には全くピンと来ないに違いない。ふふふ

スーパーカー消しゴムとBOXYのボールペン

なつかしいカーケシ。なつかしい文具がブームだそうですな。

そしてスーパーカー消しゴムと言えば、これだ。▼

これね。こんげ感じのボールペン。
学校の机の上にレースコースを書いて、そこにカーケシ置いて、このボールペンのノックが戻る力で消しゴムを飛ばす。よく飛ぶようにボールペンの「バネ」を一旦引き伸ばして反発力強めたりしたもんだ。

よく考えればかなり単純な遊びなんだけど、なんであんなに流行ったんだろう。一体誰が初めにこの遊びを始めたのか?

なつかしついでに

昔乗っていたチャリンコの写真を探していたら、懐かし恥ずかしい写真を見つけた。そう、中学生のころのマイデスクだ。まずは中一の時。

あ^あ^あ頭悪そげ!
しっかし、きったね~な~。そうか俺ってカメラ毎日派だったんだ。忘れてたよ。机の上のレンズはキャノンFL100-200mm f5.6。

机の上、ラジオとラジカセが並んでますが、そうです、このちらっと見えてる左のが、まだ音が鳴っていた頃の(藁)
東芝クーガー2200だ!アンテナ線がぞんざいに壁に伸びてますね。そんなもん無くても平壌放送はBSNよりクッキリハッキリ聞こえましたが。

ベリカードとかって、一体なんだったんだろうか。

こんなカットもあった。

ヒドイもんだ。それにしても汚い写真だな。「ピラミッドのひみつ」と「トイレット博士」が同居。これが「ピラミッド博士」と「トイレットの秘密」だったらちょっとはアカデミックなのに。引き出しにちゃんと「baka」って書いてある。「キャプテン」がありやがる。懐かしいなぁ。「テスト」の張り紙は一体誰に向けて何を激していたのだろうか。テスト前だってのにこんな汚い写真を写していたわけか。机の奥の「的」は一体……もうね、こんなの俺の机じゃないよ。全然記憶にないし。多分誰かんちの机だよと本気で思いたい。机の上にあるカメラはオリンパスペンFTあたりだな。

笑えるのが、サッカースパイクの右横、Zライトの支柱の影になっているがそこにある本はもしかしたら「武者小路実篤」の詩集だ。
もう嫌だよ、こんな中学生。

そして、中三の時の机、天井を見上げるとさらにどびっくりだ。

うひょー天井にC-3PO!YMOに伊藤蘭にえーと、その横は……誰ですかあなた?。
しかも、ペナント乙! 鬼押出しかぁ!。
こうね、ペナントってね、上手く並べて貼るのが難しいんだよ。だから何だってんだ

ペナントって一体なんだただろうか。

 «まだ、売ってるんだが……

懐かしいブリジストンのチャリ

小学生の頃買ってもらった自転車の写真がどうしても見つからなかった。もう毎日のように乗っていたし、ここの写真館にある昔の写真はこいつに乗って撮りに行ったものばかりだというのに、MYチャリの写真を一切写した記憶がない。

実は、「興味の中心にあったもの」が微妙にズレていたのでこうなってしまった。小学生の頃はもう自転車が好きで好きでたまらなくて毎日のように何処かしらに出掛けていたのだが、やがて「単に出かけること」だけで満足できなくなって(まぁたいていはそうだ)中学生になってからというもの、自転車に乗るのは「写真を撮りに行くため」という、目的から手段に変わったわけだ。

結果、この自転車に乗ってあれほど写真を写したにもかかわらず、写っているのは「海」やら「飛行機」やら「たんぼ」やら「夕日」やらもろもろであって、この自転車は写されることが無かった。ストイックなまでに被写体に自分の日常が出てこない。なんだこれ。

これが高校生になってバイクに乗るようになると、嫌ってほどバイクの写真が出てくるんだけどね(笑)もうさ、風光明媚な土地に行っておきながら必ず手前に「愛車」が入り込んでいる。ピントは愛車であって風景ではない……。

それでも「もしかしたらワンカット位は気まぐれで写したカットは無いものだろうか」と必死こいてネガをひっくり返したら、

ありましたよ。ワンカットだけ(笑)。昭和55年(1980)3月撮影とある。

買ってもらったのが小6の時(77年春)だから、4年目を迎えた頃か。チェーンカバーが無いな(笑)。さすがに中学生にもなると、あのナウでヤングなカバーに一抹の恥ずかしさを感じたらしいな。でも何時外したんだろうか。

このリアサイドに付ける折りたたみのカゴって当時流行っていたんだよ。今は見かけませんね。バランス悪いもんね。

チャリだけトリミングするとこんなんだ。

クランクがなんか微妙に「楕円」ですが、これは歪んでいるのではなくて、デフォルトで「楕円クランク」だった。漕ぎ出しが楽だとか、そうおいう理由だったような気がする。あまり流行らなかったみたいだけど、未だにブリジストンのラインナップにはこういったクランクを採用したのあるんじゃなかったっけかな(違ってたらごめん)。ただね、しょっちゅうチェーンが外れたよ。

なんかこの写真見ると、三つ子の魂じゃないけど、40過ぎても似たようなスタイルにしてしまうのねッて感じでちょっと恥ずかしいね。

ただ、なんだろう、このちゃり、何年式なんだろうか??買ってもらったのは間違いなく小学校の6年(1977)の時のはずだ。6年の時の夏休みの宿題もこれに乗ってやったんだから間違いない(と、思う)。1976式とばかり思っていたんだかライトの形が1978年式っぽい。

たぶん、これだな、1977の少年ジャンプの宣伝だそうだから、この時のモデルだろう。それにしても志村けんが若いって以外はちょっと「どうなのよこれ?」って気がする宣伝だ。もうちょっとやりようは無かったのか。

巷の少年向けちゃりんこは派手派手路線を「暴走」をした挙句、後戻りできないまま「カマキリ」と呼ばれた「どシンプル軽快車(ママチャリの元祖)」に一気に駆逐されてしまったそうです。このへんの歴史はこのページが面白くも物悲しい。昭和40年代前後世代にとっては涙なしには見れないのでぜひ目を通して欲しい。

私も高校に入ってからはおっかさんの買い物チャリばかりに乗るようになり、さらにはバイクに乗るようになり、かわいそうにこのチャリは親父に「セミドロップハンドルを逆付け」されアップハンドル車で余生を過ごしてました。