Posts Tagged ‘政治’

年金完済済

青島幸男が参院選に出馬。

この人、いろいろ大好きなんだけど、政治家としてはやっぱし「ダメ」なんじゃないだろうか?都知事時代、時代も悪かったんだろうけどもさ。「参議院を変えれば日本の政治が変わります」ってだったら71才なら引退してよ。

あれほど「いろいろ変えられる権限の強い都知事」にいた人が何も変えられなかったのに、参議院で何を変えられるのさ?あんたの老後の生活だけだろう。

あと、赤丸で「年金完済済」の字。論点が完全にズレてる。そうか、あなたは年金いっぱいもらえるのだよね。いいなぁ。

年金

あー、実は私も年金滞納しておりました。えー・・・ちょっとしたケアレスミスですね。勤め人じゃ無かった頃なんですがね。どういうわけでしょうか・・あー福田さんもですか。いやー奇遇ですねぇ。おやおや、竹中さんもでしたか、いつか某ダイヤ主水社の今は無きエグゼクチブてーな雑誌の取材でお会いしたときは、それはそれは初々しくてらっしゃって、それが、もう、すっかり。。たくましくなられて。
政治家というのも言ってみれば勤め人とは違いますからな、しかたないですよ、ほほほほ、いやいや、ついね、忘れちゃったわけじゃないんですがねぇ。まぁ私の場合政治家では無いんで、払いたくても無い袖振れないって時もありましたが。いやいや、なかなかどうして、詳細は記憶にございませんよね、当然ですよ、んなもん。
まぁ言い訳がましいようですが、年金というのは払ってなければ貰いが少ないわけで、今後少子化が厳しくなるご時世、未来の子供らに負担をかけまい!という親心というんですかね、まぁそういった・・・自分で言うのも何ですが、崇高な考えが無かった訳ではけして無いとは言えない事も無くは無いと言えない事も無いわけでしてねぇ、え?、議員さんであれば議員年金というのもある、ほほほうそれはうらやましいですな。するってぇと、少しくらい払わなくても、そうそう「貰いが少ない」って事は無いのでつか?。(以下見苦しいので略)

アタックNo1

鮎原こずえ目どーゆーわけか『アタックNo1』<劇場版>を見た。すっ飛ばしダイジェスト系(宇宙戦艦ヤマト映画版風、ともいう)のものらしく、テレビの放送から適当に”はしょっちゃって”て所々敵チームが秒殺なんだが、これが案外展開が速くて良かった。

「鮎原こずえ」ってのやはりはすごいキャラだ。エースを~の岡とも、星飛雄馬とも違う『政治力』を感じる。ただのスポコンアニメでは無いな、これは。

政治アニメ

小鳩くるみの声に騙されてはいけない。こやつはきっとバレーを踏み台にしていずれ政治家で大成する器だ。
それにしても猪熊!いくらなんでも世界戦決勝前日にあの猛特訓はどうなのか?しかも強力なレシーブを受けるが為の2段レシーブ!っておい、……

こいつら中学生だよな・・妙に色気あるじゃねーの。特に1970年時点での増山江威子声(峰不二子の声)の吉村選手。そりゃ声だけで反則。

全然関係ないが、ちなみに私は不二子ちゃゎゎぁんは初期の二階堂由希子声の方が好きだ。

所信表明演説

「他策なかりしを信ぜむと欲す。」 これは、内閣制度草創期、第二次伊藤博文内閣において外務大臣を務めた陸奥宗光の言葉です。 「他の誰であっても、これ以外の策はなかったに違いない。」 真の国益とは何か、考えに考え抜いた末の結論であるとの確信を込めたこの言葉は、 私自身の思いでもあります。
-小泉内閣総理大臣所信表明演説より

うーん、なんか受け取り方によっては詭弁と取られかねない便利な言葉でありながら、 第二次伊藤内閣とか言われると、 不思議と納得している小市民な俺ですが、 さっそく実践応用すべく使用例を考えてみた。
—-使用例—-

なんせ「まさひこ」でマッチですよ。
確かに~
「たのきんトリオのとしちゃん、よっちゃん、そしてまっちゃん」
じゃいまいちしまらねぇよなぁ。
漫才師じゃないんだから。
やこれは全国のまっちゃんに失礼だ。
そもそも「まっちゃん」といえばたいていは「松本さんか、松村さんを言う」というのがデフォルトな感覚であろう。間山さんとか真東さんとかもぎりぎり許す。けど松任谷さんくらいになるときっと 「まっちゃん」では物足りない。やや!話がそれた。
しかし「近藤だから、こんちゃん」じゃすっかりオロナミンでしょう?。
そこで、マッチ。

「他策なかりしを信ぜむと欲す」
であった、と。
—— 別に考える程のもんではなかったな、と反省。

※因みに陸奥外相といえば「カミソリ」と称されたやり手大臣で有名ですが、漫画「おーい龍馬」では妙な奴扱いだったり不思議な人だ。今でいうと新庄選手みたいな感じなんじゃなかろうか。

掲示板

小学校の頃、1977年の夏休みの前あたりかね、教室に先生が張り紙をしていったっけ。
「夕方薄暗くなったら、海のそばに一人や、子供だけで行かないように」
って。

この話を東京の人に言うと一様に驚かれたけど、今日は実感してくれたのではないか?
そう、四半世紀前から新潟国では、ちゃんとマジに受け止めていたのです。