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2009-11-23
カメラの話
最近デジタル一眼レフが随分と安くなりました。プロ用機器は相変わらずですが、もうそこまで必要ないんじゃないか?ってくらい性能も上がってきた。会社でニコンのホームページを眺めていたら(いや、あくまで仕事です。ニコンのサイトのユーザビリティを調査中。嘘)隣の同僚が
「やっぱニコン派ですか」といったような事を聞いてきた。
「ニコン派(というか、ニコン党って言って欲しかった)」とかいう物言いって久しぶりに聞いたような気がする。今の人って、キャノン党だとか、そういうのってあるのだろうか?あるとしたら理由はなんなんだろうか?
私が学生の頃ってオートフォーカスカメラってものが無かったので、まぁピントは自分の手で合わせていたわけですな。当たり前だが。ピントリングってのはどっちかに廻せば無限遠い、どっちかに廻せば近距離にピントが合うよな。知ってる?
で、この「廻す方向」がニコンとキャノンは逆というのは有名な話なのだが、ご存知か?。これが結構ニコン・キャノンの大きな「壁」だった。言ってみれば、そうだな、水を出すとき蛇口を捻る方向が逆、というのに近い。ある日突然捻る方向が逆になったら「気持ち悪い」でしょう?
おまけにご丁寧にも絞りリングの方向までニコンとキャノンは逆だ。これは嫌なもんです。写り具合とかもいろいろ違いがあるけど、それ以前に「カメラを手に持った、構えた、ピント合わせようか……と、その瞬間からくる違和感」が大きかったものです。これって案外すぐに慣れるってことは後々分かったんだけど(笑)。
でも今はオートオーカスでしょう。自動露出でしょう。こういう人間工学的な設計の違いは感じなくなって久しい。
他に報道のニコン(対して広告系のキャノン)とかもあった。でもこれって、昔はカメラは高価なものだったでしょう?。新聞社にはニコンががっちり食い込んでいたから備品のカメラは総じてニコンが多かった。だから新人はニコンから始めざるを得なかった。やがて定期的に回ってくるニコンの担当者と仲良くなったとか、もろもろ大人の事情があっての「報道のニコン」というやつ。
広告系はカラーポジで写すことが多いから、レンズによって色が揃っていたキャノンに人気があった。広告系はギャラが良かったから備品に頼る必要も無いし、新人は弟子として師匠に付くことが多かったから師匠がキャノン使っていたら弟子もそりゃね、キャノンだわね。
でも私らが入社する時期になるともう学生でもレンズフルセット揃えてるようなのが普通だったから、このあたりから「報道のニコン」だとかっていうのが怪しくはなってきていた。そこにEOS1の出現、オートフォーカスのスピードと某皇族の挙式報道が追い討ちをかけたらしい。
なんでも、ターゲットが門を出て車に乗るまでの間、F4で追ったら4-5枚しか撮れなかったのに、EOS1だと一本撮り終えたとか、(ホンマかどうかは知らん)そういうわけで、この時期明らかに性能の面で一時的にだがキャノンはニコンの上に立った。本当にピント合わせなくて良くなったんだ!と心から思えるカメラが出たわけだ。このタイミングが絶妙だったと思う。バブル景気も設備投資の追い風になったのだ。一気に報道系カメラマンがキャノンに替えた。
大会社がカメラマンを抱える事が少なくなっていた流れの中で、密なサポートのご縁になる新人も少なくなっていた時期。何のバックも無い名も無いフリーにとってはニコンもキャノンも窓口の対応はまぁ普通。どっちもどっち。仕事は楽な方が良いに決まってる。ピンはカメラに任せておけるならその方が良いに決まっている。私もこの時期にEOSに換えたもの。オートフォーカスならピントリングの向きなんて全く気にしなくていいから敷居が無くなっちゃったし。
キャノンの今を芯の方から支えているのはこの時期にキャノンに鞍替えして勢いでレンズを揃えてしまった人達なんじゃないか。キャノンはバブルと宮様に足を向けて寝てはいけない。
フォーカススピードについてはニコンは追いつくのだけれど、ちょっと遅かった。バブルがはじけ飛んでしまった。カメラマンがカメラを揃えるより飯の心配をする時期になっちゃった。タイミングって大事。
キムタクをCMに使うなんてのはニコンのイメージではなかったのだけど、キムタクに頼りたくなる気持ちも分からんでもない。今ニコンを揃えようと思ってもキャノンのレンズが勿体無くてとてもやないけど買えないもの。
2004-12-08
カメラの人
年々か前、男女差別をなくすとかなんとかで、『カメラマン』という呼び名はやめて、今後は『カメラスタッフ』とか『撮影スタッフ』と呼ぶように。という話ってありませんでしたか?
同じく、『看護婦』とは呼んではいけない、『看護士(師?)』と呼べ、みたいなの。あれってどうなったんでしょうか?あいかわらずカメラマンと書かれているもの多いようですが。
そういえば当時、『給食のおばさん』や『ニッセイのおばちゃん』はどう呼べばいいんだろうか?とか悩んだものであった。
『給食の人』じゃ、なんか失礼じゃないだろうか。
「ハムの人」みたいだもの。
ここは多少軍隊っぽく『給食士』が良いと思った。
でも『ニッセイ士』じゃすごく嫌だなぁと思った。
ああくだらないや。ヽ(´A`)丿
その後思ったんだが、カメラマンはカメラーでいいんじゃないかと思う。
2004-01-21
徳川慶喜
今日はお子は産まれそうも無い。いつもと同じ日であった。
メシを食いながら、見るとも無しに「トリビアの泉」を見てしまった。この見るとも無いしに見てしまうのがテレビの真骨頂であり、それが故に、番組中延べ3分足らずの「CM」に数千万の金が飛び交うことになる。でも私はCMは見てないけどね。テレビってみんな有料にしちゃえばいいのに。そうすればもうちょいとマシになると思う。
この「トリビア」で「徳川慶喜」がカメラマンだか写真家だかを目指していた、などというネタが「へーーー」連発でおおおお驚いた。これのどこが無駄知識か?私にとってはこれは大学の大事な単位獲得の為のレポートのネタであり、わざわざ「幕末写真展」等というものにも「自腹」で見に行かされたのだ。悪いが、慶喜公はけして「カメラマン」になろうなんて思ってはいない。っていうか・・・・・・
「カメラマン」てのは写真を生業にする人の中で一番下の人を言う。業界では。実はその下に「シャッターマン」と呼ばれるのもいるんだけど最近境界があいまいなんで死語だ。つまるところ、シャッターを押してお金を貰うのがカメラマンだ。その上を「フォトグラファー」という。一応作品撮っているけど仕事(食い扶持)はカメラマンと同じ人を言う。そしてその上は「写真家」と呼ばれるのです。でも所詮「写真で食う人」なのだ。(あと他にタレント写真家というのがいる。写真は見たこと無いけど顔はテレビで見る人。この人たちは写真で食っているのではなくて、ケインコスギが名刺に「スポーツマン」と刷っている感覚で「写真家」なのでわないかと)
口は悪いが、落ちぶれたとしても慶喜公が写真で食う必要は無い。馬鹿か?この番組は。当時写真を撮れるなんてのは何もそれを商売にするまでも無く、”金が有り余っている人”の道楽です。
今でこそだれでも写真どころかビデオも撮れるけど、40年くらい前までは写真なんてホント道楽ですよ。フィルムは今と値段変わらないか、むしろ今の方が安い。当時の月給は4万円くらいだよ。カメラはニコンの「F」というのが最高級だったのだけど、それが10万円くらいだよ(レンズ無しだよ。標準レンズ4万弱。月給分だ)。それより前のそうだな、60年くらい前か?ライカってのがあって(今もあるけどな)、一台で家が買えたんだから。でもこれは昭和も「戦後」の話であってさ、慶喜っていったら幕末から明治だ。明治初期に写真術やるってのがどんだけ道楽な行為か・・・