‘家族’ タグのついている投稿
2011-07-05
世界各地の子供部屋
世界各地で子供がどんな風に生活しているかが分かる13の子供部屋
@東京(ワラ)
ウケ狙い過ぎ。 全力でステレオタイプ。こんな部屋絶対に許せん。
@ローマ▼
っておい!これは流石に作為的過ぎてわらた。いや、まてまて、ローマの子供は皆こうなのかもしれない。
@セネガル▼
…………。こわいよ。
2011-02-12
友チョコ
もうすぐバレンタインデーであるので、うちの娘どもが浮ついている。
最近はもういい加減「バレンタイン?はぁ?」なのかと思っていたんだがそうでも無いらしい。特に「女の子同士」でもチョコをやりとりするのだそうで、そういうがんを「友チョコ(ともちょこ)」と言うんだそうな。すまぬ、父は「ソッチの方は疎いので」知らなかったよ。
だったら男同士でもやればいいのに。「ホモ♥チョコ」って流行るんじゃないか?で調べてみたら既にホモチョコって立派に市民権得ているじゃん。
「先輩、これ、俺からの気持ちっす。……押忍」
みたいな感じか。…食いたくないな。でも女の子からひとつも貰えなかったらうっかり喜んでしまいそうだ。息子が家帰ってきて「ずいぶんチョコもらってきたじゃない、誰から貰ったの?」て聞いたら「ユウキと…、ツヨシと…、リョウくん」とか答えたらどうしましょ。
嫁が「ホモっていう字面が嫌だ」と言う。そうだよな。俺もそう思う。
「G♥チョコ」の方が良い。
なんだGって。
2010-08-03
質草のチャリで伊勢参り
小学校の高学年の頃、松阪から伊勢神宮まで親父と一緒にチャリンコで出かけた、という曖昧な記憶がある。
尻をずらしてつま先立ち、これでやっと足が着く自転車に乗って行った(逆にこの高さが案外漕ぐのに最適だったのか)。ただっ広い田んぼの中を伸びる埃っぽい道、時々出てくる「伊勢まで20km」という青い標識の数字が、走るにつれ少なくなるのが楽しかった事を覚えている。自転車は大きくて重かったが、一度走り出せばあとは漕がなくても惰性で進んでいく感じがして少しも疲れなかった。
その時乗ったのはいわゆる「実用車」というやつなんだが、なんで親父と私の乗ったのと二台も実用車があったのか(婆さんは自転車に乗らなかった)が不明。考えて見ればおかしな話で、もしかしたらこれはなんか夢でも見たのを現実だと勘違いしていたんではなかろうか、と最近は思い始めていた。そういうのって結構あるんで(笑)
松阪~伊勢間は片道25km位。小学生で足の着かない自転車で本当に行ったのだろうか結構怪しい。高学年と言ったって、6年生では無いことは間違いない(だったら絶対自分で写真を撮っている)。良くて5年生、もしかしたら4年生くらいの話だ。
で、今回松阪に行った際親父に聞いてみた。
親父もさすがに覚えていないだろう、と思ったら、あっさりはっきり覚えていた。確かに松阪から伊勢神宮まで行って、何するわけでもなくまた帰ってきたらしい。いわゆるポタリングというやつだ。時期は「春休み」だったそうだ。となると4-5年生の間の春休みなのだろうか。で、その時なんで自転車が二台もあったのか?と聞いたのは母親だった。私もそれを聞きたかったんだが、親父が言うには、あれは「質流れ品」だと。
そうでした。実は私の爺さん、会社退職後「質屋」をやってました。すっかり忘れていた。それもあるが、自転車を質草にする、という感覚を失って久しい。でも35年くらい前までは実用車といえば一家の大事な財産だったのだよな。
多分、伊勢参りが目的では無く、なんとなく行けるところまで行ってみようか?的なノリだったのだろうと思われる。出たのは昼過ぎだったはず。ところが走ってみたら▲ご覧の通り「高低差」が殆ど無い道のりであるし、埃っぽかった記憶からしてあまり風も強くなかったのだろう、引き返すタイミングを測りかねていたら神宮に着いちゃった、という感じだったのだろう。
松阪の家に戻ったのは日が暮れて間もない時間だったことを思い出した。
よくよく考えてみたら、新潟~東港くらいの距離感だ。中学の頃ちゃりであの辺まで釣りに行く奴いたな。
2010-07-30
自由研究
てなわけで夏休みも終わって雨の中帰ってきた。帰りの日に雨とはラッキー。
結局子供らは持っていった宿題に殆ど手をつけずに帰ってきたorz。昨年は近畿地方梅雨明けしてなかったから宿題がはかどったんだが、ま、毎日晴れじゃ仕方ないか。
で、今問題は息子の自由研究をどうすべか?ということらしい。自由研究というものは自由に子どもが研究するから自由研究のはずなんだが、ほっといたら結局「何もしない」で終わる事必須だと言う。研究するもしないも自由というわけにはいかんらしい。
子供の頃夏休みの宿題と言えば自由研究しか無かったように記憶しているのだが、どうやらそれは「自由研究以外やらなかったから」らしい。ドリルや絵日記だのやったのは、夏休みが終わって学校が始まってからであり、夏休み中は「自由研究」しかやらなかったのだ。その割には自由研究で何をやったのか「全く覚えていない」俺。多分たいしたことやってない。
唯一覚えているのは小6の時、笹出線(笑)の信号の「青」と「赤」の時間を測ってマップにした。
どんだけ暇かぃ!
ってな研究だ。でもこれって時間によって(信号の「青」と「赤」の時間が)違うみたいで、ちっとも役に立たなかった。
なんだろうか、このころから「世の中に少しも貢献しない研究」をあえて選ぶのが好きだったようだ。今なら真っ先に仕分けされるような感じか。単にひねくれていただけかもしんない。にしてはくそ暑っちぇ中、信号の時間を淡々と測っては無駄に記録していたわけで、「研究」というよりはある意味「芸術」に近い行為とも言える(それは無い)。
私は要領が良かったから、自由研究以外の夏休みの宿題なんて9月1日の午後だけでこなせたのだ。と思いたい。(実は提出日朝までやった記憶がおぼろげにある)。こんな親だからきっと子供らもいくらきつく言ったって同じ轍を踏むに違いない。ふ。まぁ小学校の勉強なんてそんなもんだ(違うぞ)。
しかしながら、長女は案外真面目に夏休みが終わる前に終わらせていた。(本当に要領が良いというのはこういう事を言うのだ)
次女はまぁ、毎年私と同じ轍を踏んでいる。で、懸念される長男なわけだが、恐らく「基本何もしない」派。しかも派閥の長だと思われる。
- いち早く「自由研究は何をしようか!」とワクワクする派
- 「自由研究どうしよう、どうしよう」と事あるごとに悩む割には結局何もしない派
- 「自由研究?何それ?」派
の3番目。
「自由研究って何すればいいの?」
「好きなことをやればいいんだよ」
「じゃ、けん玉とヨーヨーとカード遊び」
「いや、そういんで無くて、観察とか、工作とか」
「ふーん、で何すればいいの?」
……多分こういった流れかと思われ。観察や工作が「好きなこと」の範疇でなけりゃどっしょもねぇよな。まず自由研究の意義から教えなくてはならない。ハードル高っ!。
2010-07-27
鈴鹿サーキット
鈴鹿サーキットに行ってきた。
どうせ行くなら「8耐」やってる土日に行けばいいのにとも思うのだが、今日行ってきた。
上の二子が女の子だったというのもあったが、鈴鹿の遊園地には行く機会が無かった。(松阪と鈴鹿(サーキット)は電車&タクシーなら45分くらいで行けるのだが)
やっぱ、ホンダの作った遊園地はひと味違う。ちょと前まで東京多摩に「多摩テック」ていうのがあったのだけど、潰れてしまった。多摩テックには子供の頃一度だけ、連れて行ってもらった記憶がある。アトラクションは「なんらかの操作」を要求されるものが多くて、男心をくすぐりまくる遊園地だった。
鈴鹿サーキットの遊具も、例えば電車に乗って回るだけ、ではなくて、「トルコン」を操作して進ませる必要がある。しかも「制限速度」が書いてあって、それに沿って運転し、「警笛をならせ」とか、いわゆる「リアル電車でGO!」なアトラクションになる。時間どおりにスタート地点に帰ってくると、「運転免許」というカードを貰えたりね、子供にはたまらんだろうね。
子供用のゴーカード(小一からひとり乗り可能)も、一周のタイムが0コンマ00まで出る(笑)しかもコースはモノホンの鈴鹿サーキットの縮小版で、高低差まである程度本物に沿って作ってあるあたりは流石だ。
で、F1とかがやっているときはもちろん駄目なんだろうが、普段は遊園地のパスでサーキットの観覧席に入れる。
今日はバイクの練習走行をやってた。実際に見て驚いたのだけど、鈴鹿のこのスタート&フィニッシュのストレート、
「めっちゃ下り」である。写真の看板の段差見るとわかってもらえると思う。
写真じゃ分かりにくいかなぁ。おそらく、「最終コーナー立ち上がり」以降、ちゃりなら『全く漕がなくてもどんどん進んでく傾斜』だよ。これは怖いだろうなぁ。実際目にしてびっくりしました。テレビではわからないもんです。
写真で一番伝わりにくいのは「落ちる怖さ」だと思う。崖の上から真下を覗き込んだ写真を撮っても、「落ちそうな感覚」って表現しにくいんだよな。単に見晴らしが良い処ってだけだったりする。案外下から見上げたほうが「高さ」が表現できたりします。
次は本当のレースをやっているときに来たいなと思う。あの下りのストレートを第一コーナーに突っ込んでいくってのは、うーん、迫力あるだろう。やっぱ目で見ないといかん。
2010-07-05
日々是好日
2010-05-15
幼虫
この虫は何ですかね?モンシロチョウでは無いと思う。ナメクジだと思ったんだが、なんか違うな。正直キモイんだが、嫁は飼うと言い。
埋込表示していたのだが、キモイと評判なので、リンクにしました。
虫とか蛆とか嫌いな人は見ないように(笑)
その後、ウジ虫という事が判明。「飼う(藁)」と言っていた嫁はあっというまに捨てた。知らんと言うのは恐ろしい。







